夜中に台所でぼくは谷川さんに話しかけたかった


十六歳の感傷に腰掛けて
ぼくは詩を書き始めた
ぼくの孤独といえば
せいぜいコップ一杯分の涙ほどしかなかったけれど
二十億光年の彼方の星からの引力で
コップの水が波立つことを幻想するのだった


十六歳の感受性の扉は
あけてもあけても無限に続いているようで
めまいを覚えながら
ノートのなかに扉の鍵をしまう毎日だった


ところが ある夏の昼下がり
いつものようにノートを開けたぼくは
たいせつな鍵をなくしてしまっていることに気づいた


あれ以来
鍵を探し続けて過去の町々を放浪したぼくは
いつしか大人というものとなり
いまでは海の見える透明な駅で遺失物係となって
業務日誌をつけているのだった


いつか かなしみにくれた少年が
扉を開けて入ってくるのを待ち焦がれながら・・・・



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Last-modified: 2021-01-31 (日) 04:39:00