MUMONKAN/首山竹篦

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【第43則】【第44則】


   四十三 首山竹篦

首山和尚、拈竹篦示衆云、汝等諸人、若喚作竹篦則觸。不喚作竹篦則背。汝諸人、且道、喚作甚麼。
無門曰、喚作竹篦則觸。不喚作竹篦則背。不得有語、不得無語。速道、速道。

    頌曰
  拈起竹篦 行殺活令
  背觸交馳 佛祖乞命


  四十三 首山(しゆざん)の竹篦(しつぺい)

首山和尚、竹篦を拈じて衆に示して云く、
「汝等諸人、若し喚んで竹篦と作さば則ち触る。喚んで竹篦と作さざれば則ち背く。汝諸人、且く道え、喚んで甚麼(なん)とか作さん」。

無門曰く、
「喚んで竹篦と作さば則ち触る。喚んで竹篦と作さざれば則ち背く。有語なることを得ず、無語なることを得ず。速かに道え、速かに道え」。


    頌に曰く
竹篦を拈起して、殺活の令を行ず。
背触交馳(はいそくこうち)、仏祖も命を乞う


首山和尚が竹篦を示して言った。


首山『キミたち、もしこれを<竹篦>と呼ぶなら、それは名前にとらわれていることになる。しかし、<竹篦>と呼ばないなら、それも偽りとなる。何と呼ぶべきか?さあ、呼んでみよ!』



   四十四 芭蕉■(才+主)杖

芭蕉和尚示衆云、■(イ+尓)有■(才+主)杖子、我興■(イ+尓)■(才+主)杖子。
■(イ+尓)無■(才+主)杖子、我奪■(イ+尓)■(才+主)杖子。
無門曰、扶過斷橋水、伴歸無月村。若喚作■(才+主)杖、入地獄如箭。

    頌曰
  諸方深與淺 都在掌握中
  ■天■■(才+主)地 隨處振宗風


  四十四 芭蕉の■(才+主/しゆ)杖(じよう)

芭蕉和尚、衆に示して云く、
「■(イ+尓/なんじ)に■(才+主)杖子(す)有らば、我■(イ+尓)に■(才+主)杖子を与えん。■(イ+尓)に■(才+主)杖子無くんば、我■(イ+尓)が■(才+主)  杖子を奪わん」。

無門曰く、
「扶(たす)けては断橋(だんきょう)の水を過ぎ、伴っては無月の村に帰る。若し喚んで■(才+主)杖と作さば、地獄に入ること箭(や)の如くならん」。

    頌に曰く
諸方の深と浅と、都て掌握の中に在り。
天をささえならびに地を■(才+主/ささ)えて、随所に宗風を振るう。


芭蕉和尚『キミたちは、しゅ杖をもっているか?もしすでに有るのなら、与えよう。無いのなら、奪ってしまおう』


無門『もしそれを<しゅ杖>なんて呼べば、あっと言う間に地獄行きさ』


  『隠された名の名乗』 谷川俊太郎

初めての名は恐怖とともに叫ばれた。二番目の名は愕きゆえに声にならず、三番目の名は毛物の呻き、四番目の名は吐息にすぎず、五番目の名は闇に乗じて無声音で囁かれ、六番目の名はもはやタブー、七番目の名は不幸な笑声と区別がつかず、八番目の名は呪詛、九番目の名は喃語、十番目の名はすでに階級を暗示した、十一番目と十二番目は言うまでもなく悪口雑言、十三番目の名は他の名から借りてこられた。十四番目の名は怠惰な擬声語、十五番目の名は、呼ばれた途端に死語となり、十六番目の名はくり返されず、十七番目の名は人を死へと追いやり、十八番目の名はそれを解釈し、十九番目の名は名ばかりの名であった。
さて、二十番目の名は何もかもひっくるめたものの名であり、二十一番目の名は何ものの名でもなく、二十二番目の名はたやすく万人の口にのぼり、二十三番目の名は眠りのように快く、二十四番目の名は夢うつつのうちに唱えられ、二十五番目の名は彼方を指し示し、二十六番目の名はついに無名であった・・・・・・
かくて二十七番目に至ってようやく名は言葉に成り、名は名を生み、名は名を名づけ、名は名を否定して新しい名となり、名は癌細胞のように増殖をつづけ、あまつさえ名という名はすべて辞書に記載せられることになったのである。そして、それを免れた前記二十六の名は、もはやふさわしい音声も表記もなしに、人類の脛骨(むこうずね)のあたりに埋もれている。



   1999/06/02


四十五【他是阿誰】