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#author("2021-01-31T11:41:02+09:00","default:minoru","minoru")
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【17第則】

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   ''十七 國師三喚''&br;
''國師三喚侍者。侍者三應。國師云、將謂吾辜負汝、元來却是汝辜負吾。''
''無門曰、國師三喚、舌頭墮地。侍者三應、和光吐出。國師年老心孤、按牛頭喫草。侍者未肯承當。美食不中飽人湌、且道、那裏是他辜負處。國淨才子貴、家富小兒嬌。''&br;
    ''頌曰''
  ''鉄枷無孔要人擔 累及兒孫不等閑 欲得撐門幷拄戸更須赤脚上刀山''
~
>  十七 国師(こくし)、三たび喚(よ)ぶ&br;
国師、三たび侍者(じしゃ)を喚ぶ。侍者三たび応ず。国師曰く、「将に謂(おも)えり、吾れ汝に辜負(こぶ)すと。元来却って是れ、汝吾れに辜負す」。&br;
無門曰く、「国師三喚、舌頭(ぜっとう)地に堕つ。侍者三応(さんのう)、光に和して吐出す。国師年老い心孤にして、牛頭(ごず)を按(あん)じて草を喫せしむ。侍者、未だ肯(あえ)て承当(じょうとう)せず。美食も飽人(ほうじん)の湌に中(あた)らず。且らく道え、那裏(なり)か是れ他(かれ)が辜負の処ぞ。国浄うして才子貴く、家富んで小兒嬌(おご)る。&br;
    頌に曰く
鉄枷(てっか)無孔(むく)、人の担わんことを要す。累(わざわい)、児孫(じそん)に及んで等閑(とうかん)ならず。門を撐え、幷(なら)びに戸を拄(ささ)えんと欲得(ほっ)せば、更に須(すべか)らく赤脚にして刀山に上(のぼ)るべし。
&br;


&br;
「
>''慧忠国師が侍者の応真に呼びかけた。''
&br;''国師『応真や』''
''応真『はい』''
''国師『応真や』''
''応真『はい』''
''国師『応真や』''
''応真『はい』''
''国師『なんだ、アヤマチをくりかえしたのはワシではなく、オマエさんの方だったね』''


&br;
さて、前にも言ったけれど、本来”ひとつ”であるはずのものを分別する、自分一個のモノとして所有しようとすることから”苦”が生まれる。そしてぼくらが分別してしまういちばん大きな原因はコトバを持っていること、ことにモノを”名づける”ことで世界を把握しようとすることだ」
「名を呼んだ国師のアヤマチ。そして、その呼びかけに動かされて応答した応真のアヤマチ」
「そうそう。でもたいせつなのは、そのアヤマチを百も承知のうえで国師も応真もたがいを呼び合っている、ということだとボクは思う。無門、頌に曰く、『たとえ子々孫々に災いが及ぼうとも、逆立つ剣の立ち並ぶ山をハダシでのぼるような行為であろうとも、やるべきことはヤルっきゃないのさ』 」

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>>  『わたしを束(たば)ねないで』  新川和江&br;
>  『わたしを束(たば)ねないで』  新川和江&br;
わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂
&br;
わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃(はばた)き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
&br;
わたしを注(つ)がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮(うしお) ふちのない水
&br;
わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
&br;
わたしを区切らないで
,(コンマ) や .(ピリオド)いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩
&br;


&br;   1998/12/12


&br;
→[[十八【洞山三斤】>MUMONKAN/洞山三斤]]

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