Poetry in Movies

【映画の中の詩】『赤毛のアン』(1934)



『赤毛のアン』(1934、日本公開時の題名は『紅雀』)です。

空想癖が高じた結果、友人たちを欺いたような形になったアン・シャーリーが小舟で死にゆくシャロット姫にじぶんを重ねるようにひとりテニスンの詩『シャロットの妖姫』を口ずさむ、というシーンです。

原作にも同じ小舟の遭難事件は描かれているのですが、そちらはテニスンの別の詩(『国王牧歌』)が背景になっているという違いがあります。
空想癖、といってもアンの場合は夢見る少女といった甘いものではなく、生き抜くための必死の策略、といった感じで、私はちょっと胸打たれたのでした。

『シャロットの妖姫』はジンジャー・ロジャース主演の『恋愛手帖』(1940)でも引用されていていました。

塔に幽閉されたシャロット姫は呪いをかけられていて、機を織る手を止めることができず、外界も直接見ることは許されず、ただ鏡に映して見るばかりです。守らなければ恐ろしいことー死ーが起こるだろう、という呪いです。
ところがある日、シャロット姫は鏡に映し出されたアーサー王の騎士ランスロットの凛々しい姿におもわず機を織る手を止め、立ち上がって窓辺に向かい、その目で外の世界を見るのです。
その瞬間、織っていた衣は宙に舞い、鏡は砕け散ります。
死を覚悟したシャロット姫はランスロットを追って王の城キャメロットへと続く小川に浮かぶ廃船に身を横たえる、というのがこの引用詩にいたるあらすじです。

このシーンを描いたジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの「The Lady of Shalott」という絵はとても有名です。

John_William_Waterhouse_-_The_Lady_of_Shalott_-_Google_Art_Project_edit .jpg

なぜこの詩が引用されているのかについては、機を織りながら見る鏡越しの世界はアンの描く空想の世界で、それが現実に触れたことによって打ち砕かれる、というような解釈もできるかもしれません。

原作『赤毛のアン』の方では、テニスンが同じ題材を後年になって書き直した『国王牧歌』の円卓の騎士ランスロットとエレーン姫の恋物語をアンと仲間たちが再現しようとしてアンが小舟に乗り込む、という筋書きになっており、詩の引用もありません。
ギルバートに助けてもらい、彼から謝罪を受けるところも同じなのですが、映画と違いアンはそれを拒絶してしまいます。

原作を愛する方たちは不満かもしれませんが、時間の制約もある映画としては、よく工夫しているのでは・・・と私は受け止めました。

〈参考リンク〉
『赤毛のアン』モンゴメリ作、村岡花子訳(世界若草文学全集 第8)
『シャロットの妖姫』アルフレッド・テニソン 、坪内逍遙訳 (青空文庫)
『イノック・アーデン 』(世界少年少女名作選集)テニスン 作, 伊達豊 訳



Tag: 映画の中の詩


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