MUMONKAN/庭前栢樹

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【第37則】


   三十七 庭前栢樹

趙州、因僧問、如何是祖師西來意。州云、庭前栢樹子。
無門曰、若向趙州答處見得親切、前無釋迦後無彌勒。

    頌曰
  言無展事 語不投機
  承言者喪 滯句者迷


  三十七 庭前の栢樹(はくじゅ)

趙州、因みに僧問う、「如何なるか是れ祖師西来(せいらい)の意」。
州云く、「庭前の栢樹子」。

無門曰く、「若し趙州の答処(たっしょ)に向かって見得して親切ならば、前に釈迦なく後(しりえ)に弥勒無し」。

    頌に曰く
言、事を展(の)ぶること無く、語、機に投ぜず。
言を承(り)くるものは喪し、句に滞(とどこお)るものは迷う。


僧『祖師ダルマが渡来されたのは何故なりや?』
趙州『それはね・・・・・・、そこの柏の樹』



「『如何なるか是れ祖師西来の意』の問いは、五則【香嚴上樹】にあったように禅問答では『禅とは何か』『ホトケとは何か』という問いと同じこと」


  『神が人間を考える』 J・シュペルヴィエル

彼を私に似せて作ろう。
どんなふうにかは、未だ判らないが。
世界全体であり、
そのあらゆる瞬間である私は、
彼を他のものから引離し
ただひとりにして抱いてやろう。
彼が姿を取る前に
その身振りを決めておいてやろう。
私は彼を窓から覗いてやろう。
家は未だ出来ていないが。
私は彼にさわり、さぐり、
自然に形を作って行く。
私は自分を彼に与え、それから彼を引離す、
早く彼を見たいものだ!
私は彼を見つめ、それから遠くへ押しやる、
よく見たいからだ。
まだ形が定っていないのに、お前は立去る、
夜の奥でよろめいている。
また、お前は大きくなって、私を這い昇る、
巨人になるまでに。
視線に制限のない私は
お前が遠くを見えるようにしてやろう。
無限の沈黙である私は
お前に言葉を与えてやろう。
停まることのできない私は、
お前を足で立たそう。
同時にどこにでもいる私は、
お前に一つの場所を与えよう。
私の神話のなかで、森の中の
迷える小羊よりも孤独な私は
食べも呑みもしないが、
お前を卓に坐らせ、
一人の女をお前と向い合せに坐らせよう。
絶えず至高のものであり、
いつも暇を知らない私は、
お終いということがないのだから、
自分には出来ないが、
お前は亡びるものにしてやろう。
お前は死すべきものになるだろう、我が子よ、
私はお前を大地の寝床にねかせてやろう。
そして、そこに木を生やそう。


(中村真一郎訳)



   1999/04/16


三十七【牛過窓櫺】