MUMONKAN/胡子無髭

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【第4則】


   四 胡子無髭

或庵曰、西天胡子、因甚無髭。
無門曰、參須實參、悟須實悟。者箇胡子、直須親見一回始得。説親見、早成兩箇。

    頌曰
  癡人面前 不可説夢
  胡子髭無 惺惺添■ (もう/表記不可)


  四 胡子(こす)、髭無し

惑庵曰く、「西天の胡子、甚に因ってか髭無き」。

無門曰く、「参はすべからく実参なるべし、悟はすべからく実悟なるべし。者箇の胡子(こす)、直にすべからく親見一回して始めて得べし。親見と説くも、早く両箇と成る」。


    頌に曰く
  痴人面前、夢を説くべからず。
  胡子無髭、惺惺(せいせい)に■(もう/「りっしんべん」+「曹」)を添う。



「惑庵というひとがこう言った。”ダルマさんには、なぜヒゲがない?”」
「でもほんとうはヒゲが生えてたんやろ」
「そうそう。もう公案のパターンがわかってきたなあ。
(注:”胡子”をブッダとする説もあるそうです。いずれにしてもインド人はヒゲを蓄えているもの、という当時の中国の人々の固定観念を前提にしています)。
じゃあ、そういうことで次いこう」
「そりゃあ、そっけない」
「この公案、あんまし好きじゃないから、はしょっちゃえ。マジメに禅やってるひとなら、ひとつもおろそかにはできんやろがボクらはやじうまやし・・・。そしたら、詩でも引用しとこうかな」


  『もう すんだとすれば』 まど・みちお

もう すんだとすれば これからなのだ
あんらくなことが 苦しいのだ
暗いからこそ 明るいのだ
なんにも無いから すべてが有るのだ
見ているのは 見ていないのだ
分かっているのは 分かっていないのだ
押されているので 押しているのだ
落ちていきながら 昇っていくのだ
遅れすぎて 進んでいるのだ
一緒にいるときは ひとりぼっちなのだ
やかましいから 静かなのだ
黙っている方が しゃべっているのだ
笑っているだけ 泣いているのだ
ほめていたら けなしているのだ
うそつきは まあ正直だ
おくびょう者ほど 勇ましいのだ
利口にかぎって バカなのだ
生まれてくることは 死んでいくことだ
なんでもないことが 大変なことなのだ

   1998/11/14


五【香嚴上樹】