Anthology/見えていてすでに海は

Top > Anthology > 見えていてすでに海は


  見えていてすでに海は


ある麗らかな朝、一行の詩が書物から立ち上がってはるかな水平線をめざして言葉の海を泳ぎだしたまま行方不明になった。さっそく捜索隊が組織され船出することになった--------。


どうも気がすすまないな、と船長の<明海>は捜索本部から渡された海図を広げながら思った。


し【詩】(1)[文学の一形態として]自然・人情の美しさ、人生の哀歓などを語りかけるように、また社会への憤りを訴えるべく、あるいはまた、幻想の世界を具現するかのように、選び抜かれた言葉で表現したもの。[広義では、渇き切った現代人の心に憩いを与える純粋で清らかなものをも意味する]   (*注)


こんな不正確な海図はみたことがないよ。「(語りかける)ように」「(具現する)かのように」とはなんという言いぐさだろう。結局、はっきりとしたことは言えないので現場で臨機応変に対応して・・・ということだろうか。


「もっと深いところまで探知機を降ろしてみよう」と<批評家(1)>が言った。
「そんな必要があるかね。<あいつ>はライト・ヴァースだからね」と<批評家(2)>が反対する。<批評家(1)>は嘲笑の笑みをうかべながら、「見えないものを見る、ってことをしらんのか」と呟いた。それを聞き逃さなかった<批評家(2)>は「あんたは随分クラッシックな人だ。ほんとの詩はなにも象徴したりしないのさ」と言った。
にらみあう二人に仲裁に入った<明海>が「船の上でもめごとは困ります。どうです、いっそ作者に聞いてみたら・・・。さっき甲板で<詩人>さんをお見かけしましたよ」と言うと、<批評家>(1)と(2)は憤然として「あんなやつに詩がわかってたまるか!!」といって、船室に降りていってしまった。


  炎昼に海辺のピアノ焼け落ちて音響くとき火宅も踊る


甲板に立って<詩人>はぼんやりと海を見つめながら考えていた。
いったい<あいつ>はなにが気に入らなかったのだろうか?あんなにピカピカに磨き上げて、オレのこころを映してやったのに・・・。まさか自殺なんてことはないだろうな。そんなことをされたらオレは詩人仲間の物笑いの種だ。コトバは生かすも殺すも詩人の意のままでなければならないんだ。死にたいなら死にたいと、なぜ一言オレに打ち明けないのだ。そうすればどんな推理作家も考えつかないような華麗な密室トリックで完全犯罪のモデルにしてやったのに。畜生、勝手に死ぬなんて許さんぞ!


   紫陽花や暗き道化の横顔に習いおぼえし賛美歌と接吻(キス)


若い水夫はさっきから不審に思っていた。
「このゴツゴツと船に当たるのはなんだろう?」
「そりゃあ、コトバの模型さ」といつのまにか後ろに立っていた老水夫が言った。
「おまえは初めての航海だったな。このあたりは海流のぐあいで定型の詩人が棄てたコトバがたくさん流れてくるのさ」
「なんで棄てるんです」
「さあね’多作多捨’とかいう儀式があるらしいよ。ほんとのコトバはそうそう棄てられないから、代わりに模型のコトバを作って棄てるんだよ」
「なるほど。模型で手を慣らしてから、ほんとのコトバに細工するんですね」
「いやあ。このごろじゃ、ほんとのコトバは秘仏扱いらしい。それで、いちばん上手に模型を組み立てたやつが胴元になって賭場を開いてるそうだよ。こいつらは’はずれコトバ’なのさ。おや?海の色が変わってきたぜ!」


とうとう領海のはずれまで来てしまったぞ、と<明海>は憂鬱な顔で潮の流れを見ていた。これ以上は立ち入ることはできない世界だ。それに----と<明海>は出航前に見せられた<あいつ>の写真を思い出していた。それは出版される前の<詩人>の手書きの原稿のコピーだったのだが----あんな非力な一行では領海を越えてゆくことなど出来はしないだろう。せめて、


      てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。
                    (**注)


というほどの水際だった一行なら可能性もあるだろうが。
そのとき、「見つかったぞ!」という声がした。


  紫陽花と鸚鵡(おうむ)と古き教会とふるさともまたエピローグかな


・・・引き揚げられた<あいつ>は水槽の中をいかにも不器用に泳いでいた。
<批評家(2)>は水槽に手を入れて「ちょっと外に出して話を聞いてみよう」
といって<あいつ>を掴まえようとするが掴まえることが出来ない。「あっ。こいつ意外にすばしっこいぞ。おい、そっちに追い込むから掴まえてくれ」
「こんな手荒なことはわたしの美学に反するが・・・」と<批評家(1)>は腕まくりをして待ちかまえると「それっ!おっ、おっ、やった掴まえた!」
<詩人>は「乱暴はやめてくれ」と力無く呟くが手出しはしない。<あいつ>が水槽から引き出されようとしたとき「あっ」と一同は息をのんだ。<あいつ>は<批評家>(1)(2)の指からこぼれ落ちていったのだ。
「ばらばらになっちゃった」「クラゲみたいだ」船のドクターはしばらくその破片を観察していたが、やがて静かに「ご臨終です」と言った。
その瞬間みんなは言い様のない虚脱感に襲われた。そのため<詩人>がふらふらとその場を離れてゆくのに誰も気づかなかった。


もうオレはおしまいだ、と<詩人>は甲板を歩きながら思っていた。自分のコトバに逃亡されたあげくに、あんなもろいコトバを綴っていたことをよりによって批評家に暴かれてしまったのだ。詩人として生きられないなら、せめて言葉の海に溺れて死んでゆこう。そういえば、


      私の墓は、私のことばであれば充分。
                  (***注)


なんて言って死んでいったやつがいたっけ。でもオレのコトバじゃ墓石にもなりゃしない。せめて他人のコトバにでも包まれて死んでゆこう。
意を決した<詩人>は目を瞑って海に身を投げた。ところが・・・。
「痛い!ウウ・・・どういうことだ(あたりを見回して)おお、海がなくなっている。一面の砂漠になっている!」


  海よりの風に燭の火蒼く揺るウィリアム・ウィルソンか君と吾は


それから幾日、幾週間たったろうか。<明海>は船長室で航海日誌を書き終えて眠りにつこうとしていた。船はすでにその大半を砂のなかに埋もれさせようとしていた。私はいい----と彼は思う。船長なのだから船と運命を共にするのだ。だが他の乗組員たちは・・・とりわけ若い水夫は気の毒だ。初めての航海でこんなことになるとは。しかしたいしたものだ。取り乱すこともなく死を覚悟して静かに待っている。若くても海の男なのだ。


  十五歳無傷のままの少年の海と少女と花火の記憶


批評家たちは言葉の海が消えて以来、何も考えられなくなったらしい。毎日朝から晩まで甲板でテニスをしている。おそらくなぜ自分たちがここにいるのかさえ忘れてしまっているのだろう。いたましいが、死の恐怖に襲われることがないのだから、そのほうが幸せかもしれない。
<詩人>は----いまや「元」詩人、と言うべきか----彼は砂の城を造っている。
何かに取りつかれたように。あわれだ。詩人でなくなっても何かを造らずにはいられないのだろう。
もし彼がほんとうの詩人だったら、今すぐにでもこの砂漠を海水で満たして、私たちもここから脱出できるのだろうが・・・。


けれども私たちはもうすぐ死ぬだろう。それは覚悟している。だが希望を棄てたわけじゃない。遥か彼方のどこかで一人のほんとうの詩人が生まれて、世界を再び海で覆ってくれることがないともかぎらない。なに?夢物語だって?そうかな。でも私には確信があるんだよ。海で死んだ人間がみんなかもめになる、という言い伝えがあるように、たとえ砂に埋もれて死んでも私たちは再び生きて再び大海原に船出することだろう。
なぜならこの私自身も誰かによって書かれた、一行の詩にすぎないのだから。


  見えていてすでに海は記憶のなか砂に埋もれる五月のかもめ


・・・そのころ甲板の上では若い水夫が空を指さして、みんなの方に振り向きざまに叫んでいた。


 ごらん! 地平線の彼方から 一羽のかもめが飛んでくる ---------




   (*注)  新明解国語辞典【第五版】より引用。
   (**注) 安西冬衛詩集『軍艦茉莉』より「春」。
   (***注)寺山修司『墓場まで何マイル?』(絶筆)より引用。