谷川俊太郎

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Poet

夜中に台所でぼくは谷川さんに話しかけたかった

    夜中に台所でぼくは谷川さんに話しかけたかった


十六歳の感傷に腰掛けて
ぼくは詩を書き始めた
ぼくの孤独といえば
せいぜいコップ一杯分の涙ほどしかなかったけれど
二十億光年の彼方の星からの引力で
コップの水が波立つことを幻想するのだった


十六歳の感受性の扉は
あけてもあけても無限に続いているようで
めまいを覚えながら
ノートのなかに扉の鍵をしまう毎日だった


ところが ある夏の昼下がり
いつものようにノートを開けたぼくは
たいせつな鍵をなくしてしまっていることに気づいた


あれ以来
鍵を探し続けて過去の町々を放浪したぼくは
いつしか大人というものとなり
いまでは海の見える透明な駅で遺失物係となって
業務日誌をつけているのだった


いつか かなしみにくれた少年が
扉を開けて入ってくるのを待ち焦がれながら・・・・



  1998/07/29 藤原 実


リンク

_Link_谷川俊太郎ほぼ日刊イトイ新聞- 谷川俊太郎質問箱
_Link_谷川俊太郎オーサー・ビジット:作者と話そう!【2006年度】福岡県立太宰府高(福岡))

「日本語という豊かな畑に植物みたいに根を下ろして、自分を空っぽにして待ってると、水を吸い上げるようにして、言葉が出てくる」

_Link_谷川俊太郎オーサー・ビジット:作者と話そう!【2005年度】堺市立上野芝小(大阪)

「今日は、40人で1行ずつ出し合って40行の詩を作ります。テーマはコップ」
 そう言いながら、詩人、谷川俊太郎さんは、教卓の上のコップを取り上げた。

_Link_谷川俊太郎オーサー・ビジット:作者と話そう!【2005年度】八街市立八街中学校(千葉)

「20億光年。当時考えられていた宇宙の大きさだ。17歳の谷川さんの中に、自分はどこにいるんだろう、私はだれなんだろうという疑問がわき上がってこの詩が生まれた。宇宙の中でぽつんと一人でいるような思いだったそうだ。」

_Link_谷川俊太郎谷川俊太郎さんにインタビュー「子どもたちにものの見方を伝えたい」:GKS On line(現代教育新聞社)

「子どもたちに、時系列に並ぶ<お話>ではなく、それをちょん切った<断面>を見せたい、<ものの見方>を伝えたい、世界の多面性を伝えたい」

_Link_谷川俊太郎谷川俊太郎さん(詩人)フィアット・プントHLXスピードギヤ1241cc:愛車物語:@CARS:YOMIURI ONLINE(読売新聞)
_Link_谷川俊太郎INTERVIEW著者との60分『夜のミッキー・マウス』の谷川俊太郎さん


_Link_谷川俊太郎「谷川俊太郎『定義』再読―」

『projectM 中村三春ホームページ』の谷川俊太郎論(「中村三春電子講演録」のページ)が興味深い。

「これほど多産な詩的営為の根幹に存在するものが、意外にも詩人が武器とする言葉が世界をとらえることの不可能性の認識なのであります。」
       (「テクストと百科事典―谷川俊太郎『定義』再読―」

谷川の詩から好きなものを選べと言われたら、ぼくはたぶん『二十億光年の孤独』や『六十二のソネット』などから選ぶことになると思うけれど、ではじぶんが詩を書く上でもっとも影響をうけたのは?ということになると『定義』のなかの「コップへの不可能な接近」ではないかと思う。
このコトバによる<不可能な>ことであることを知りながら<接近>し続けようとする詩人の営為。そこにぼくは詩人として生きることの苦痛と夢をみたように思う。詩人として生きてゆこうとすることは道化師になることなのだ。

中村さんの谷川観はぼくじしんのそれととても重なるところがあって共感したのでした。


_Link_谷川俊太郎空の嘘---谷川俊太郎ファンサイト 閉鎖。
谷川俊太郎のファンサイトがない」と以前不思議に思っていると書いたことがあったのですが、今日発見しました。やっぱりちゃんとあったんですね。
谷川さんの承諾を得て詩を掲載されているそうで、無断引用ばかりのわがサイトとは思い入れの度合いが違いますな・・・。
2002/01/30(Wed) 01:34
…と書きましたが、今日ひさしぶりにのぞいてみようとしたら一年以上も前にすでに閉鎖されてしまっていました。
2007/01/27 (土) 12:39

_Link_谷川俊太郎『すばる文学カフェ/作家による自作朗読会』谷川俊太郎による自作朗読。

「ビリィ・ザ・キッド」「夜のジャズ」「水の輪廻」。『定義』から「りんごへの固執」。『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』から(1)(2)(6)(10)。
『ことばあそびうた』から「ののはな」「かっぱ」「ばか」「さる」。『わらべうた』から「おならうた」「とっきっき」「ゆっくりゆきちゃん」「ふえ」。


_Link_谷川俊太郎詩教材における解釈の多義性をどう考えるか−谷川俊太郎「どきん」を中心に−

   (近現代日本文学・根岸泰子のページより。)

『私自身がこの詩のなかで主体と対象とを厳密に区別しながら解釈していたことが、子どもたちのマ
イムの中から生まれたまったく別の解釈によって相対化された点もなかなか示唆的だった。』
 

 『つまり私は教生が「ゆらゆら」「ぐらぐら」する動作をも自分の身体で行ったことに対して疑問
を感じていたのであるが、似たような問題意識-主体と対象のワンペアでの音読を主張-から出発し
ていったはずの子どもたちが、「ちきゅうはまわってるう ぐいぐい」の動作を自ら行うことで、
いわば主体と対象とが不可分となった状態という自由な解釈を獲得していったことはなかなかの感
動だった。いわば子どもたちのこの詩への身体的共感は、論理的な整合性を追い求めるあまり硬直
し一面的になりがちだった教師(私)の解釈を解体させていく効果を持ったわけである(13)。』



_Link_谷川俊太郎ネスカフェTVCM『朝のリレー』「空」篇
_Link_谷川俊太郎 ネスカフェー:朝のリレースクリーンセーバー