世界の詩論/エリオット「伝統と個人の才能」

Top > 世界の詩論 > エリオット「伝統と個人の才能」

「それ[伝統]は相続するなどというわけにゆかないもので、もしそれを望むなら、ひじょうな努力をはらって手に入れなければならない。伝統には、なによりもまず、歴史的感覚ということが含まれる。これは二十五歳をすぎてなお詩人たらんとする人には、ほとんど欠くべからざるものといっていい感覚である。」

    (T.S.エリオット「伝統と個人の才能」深瀬基寛訳/「世界の詩論」(青土社))

筒井康隆の小説「文学部唯野教授」のなかで唯野先生はエリオットの伝統主義を、

「だいたい経験主義の印象批評やるひとみんなそうだけど、エリオットもまあ、自分がたまたま詩人だもんだからさ、詩を書く時に都合がいいようなものばかりを、自分のでっちあげたこの伝統のラインの中へ組み込んどるのよね。」

    (「文学部唯野教授」<第一講 印象批評>[岩波現代文庫])

と批判している。この批判は当たっているなあ、と思うと同時に、これで片づけられてはエリオットが気の毒にも思う。

エリオットはたしかに伝統をじぶんの方法に沿うようなカタチで並べかえてみせたのだが、そこには伝統を破壊しながら創造する、破壊即創造とも伝統即革新とも言えるようなものがあり、かれの詩や評論を読むものにある種の飛躍を要求し、思考を揺さぶり転換させる。


最初に引用した部分でエリオットは「それは相続するなどというわけにゆかないもので、もしそれを望むなら、ひじょうな努力をはらって手に入れなければならない」と言っているが、さらにべつの評論では「未熟な詩人はマネをする。成熟した詩人は盗むのだ」というようにも言っている。


だから唯野先生の言うような「もし新しい文学が生まれるとしたら、その秩序を乱さないように、その伝統の中へすっぽりおさまるような作品である筈だっていうの。それ以外の文学は一流じゃないっていうの。権威主義ですよね」------これは「伝統と個人の才能」の中の一節への批判------というのはおかしいのではないか。「伝統と個人の才能」全体を読むとむしろエリオットは逆のことを言っているように思う。

「ひとりの詩人や芸術家が過去に順応し一致しなければならないといっても、それは一方的なものではない。ひとつの新しい芸術作品が創造されると、それに先立つあらゆる芸術作品にも同時におこるようななにごとかが起こる。

現存のさまざまなすぐれた芸術作品は、それだけで相互にひとつの理想的な秩序を形成しているが、そのなかに新しい(真に新しい)作品が入ってくることにより、この秩序に、ある変更が加えられるのである。現存の秩序は、新しい作品が出てくるまえにすでにできあがっているわけであり、新しいものが加わったのちにもなお秩序が保たれているためには、現存の秩序の全体がたとえわずかでも変えられなければならないのである」

        (「伝統と個人の才能」)

エリオットが伝統を並べかえてみせる手際はひとを幻惑させるようなところがある。というのはかれは一方で他人の説をじぶんの方法として取り入れつつ、一方では当の相手を切り捨てたりする。このこともかれの「伝統主義」のあらわれなのだろうが、それよりも「成熟した詩人は盗む」といったいいまわしの方がかれの本音に近いようで、なまなましい。


その手際はなにか手品のようで、タネが隠されているという感じを与える。また、捨てられた札(ペイターのように)の側に立てば文句のひとつも言いたくなるような理不尽さもふくまれている。


エリオットは「詩とは力強い情感がおのずから溢れ出たもの」(ワーズワス)というロマン派的な情緒を否定した。詩とはそんな詩人の個人史に閉じこめられたものではあってはならない。

「詩人がなんらかの意味で人の注意をひき、あるいは興味をおこさせるのは、その個人的な情緒、つまりその生活における特定の出来事によって喚起される情緒によってではない。

この詩人の抱く特定の情緒は、単純、粗野、もしくは平板なものであるかもしれない。この詩人の詩にあらわされている情緒となると、これはあるきわめて複雑なものなのであるが、しかしそれも、実生活においてきわめて複雑もしくは異常な情緒を経験する人たちの情緒が複雑だという意味で複雑なのではないのである。

事実、詩における奇矯ともいうべきひとつの誤りは、新しい人間的情緒を求めて表現しようとするところにあるのであって、このようにとんでもない場所に新奇を求めようとするために、やっとのことで発見したものは変態的情緒にすぎないのだ。

詩人の仕事は、新しい情緒を見出すことではなくて、普通の情緒を用いながら、それを詩に作りあげてゆく際に、現実の情緒にはけっして存在しないような感触を表現することなのである。そして詩人がこれまで経験したことのない情緒でも、じぶんがよく経験する情緒におとらず役立つものである。

したがって、例のワーズワスの「静寂のうちに回想された情緒」という言葉も、不正確な定義だと考えなければならない。なぜなら、詩は情緒でも、回想でもなく、またことさらに意味をまげてとらないかぎり、静寂でもないからである。それは、実際的な活動的な人間なら経験とも何とも思わないような、ひじょうに数多くの経験の一種の一点集中であり、この一点集中から結果するところのまったく新しいあるものなのである」

    (「伝統と個人の才能」)

ここでエリオットはロマン派的な個人的情緒と今日の詩人が作品に注入すべき情緒を分類し、ランク付けしている。
詩は詩人一個の経験した情緒などを超えて、さまざまな情緒が集中し「特異な思いがけない仕方で結合」し、化学反応を起こす場であり、この場を豊かにするために詩人のなすべきことはみずからの個性などは滅却し、ただひとつの「媒体」と化すことだ。

「詩は情緒の解放ではなくて、いわば情緒からの逃避である。それは個性の表現ではなくて、いわば個性からの逃避である」
     (「伝統と個人の才能」)

ここに「非個性」と「情緒からの逃走」という二十世紀の詩における最大の手品のひとつが現出することになった。

エリオットはロマン派に対する批判から、これらの説をうちだしたが、そのやり口というのも相当手品師的に思う。
ここでタネあかしというか、ロマン派の詩人たちのための弁護(といえるかどうか)をするとすれば、たとえばワーズワスにして
も個人的な情緒をたれ流しにしていただけではなかった。

「これらの詩において私がくわだてた主要な目的は、普通の生活の出来事のなかに、これ見よがしにでなしに真実に即して、そして主としてわれわれが感動状態にあるときの観念の連想の仕方に見られる人間性の根元的な法則をたどり、それによって、それらの出来事を興味深いものにすることであった。
                          ……(中略)……
私は、詩とは力強い情感がおのずから溢れ出たものだと言った。詩は静かな気持ちでいるときに思い起こされた情緒に発する。その情緒に心を集中しているうちに、一種の反動で静かな気持ちはだんだんに消えていき、前に熟考の対象であった情緒に似た情緒が次第に生じてきて、実際に心のなかに存在するようになる」

    (ワーズワス「抒情歌謡集(第二版)序文」宮下忠二訳/「世界の詩論」(青土社))

エリオットが引用した部分の前後を読むとワーズワスは情緒をただ溢れ出るままにまかせていたわけではなく、それが詩として結実するまでにいくつかの段階を考えている。それがロマン派的な制約(というか時代的な制約もあったろう)のなかで個人的な色彩を帯びていたとしても、かれもまた情緒を分類し、ランクづけしていたのだ。
この点、エリオットはおそらくワーズワスからも示唆される部分もあったのではないかと思われる。そう思うのはかれが、べつのロマン派の詩人シェリーからもちゃっかり盗んでいるからだ。

「詩は、精神をいまだ理解されない幾多の思想のくみあわせを入れる容器とすることによって、精神そのものを覚醒させ拡大する。詩は世界の美をおおいかくしているヴェールをとりのぞき、日常卑近の事物をも新奇なもののようにみせる」

    (シェリー「詩の弁護」森清訳/「世界の詩論」(青土社))

これなどエリオットの評論にはさみこまれていてもぜんぜん違和感がない考え方だろう。エリオットはもちろんシェリーを読んでいる。そしてはげしく批判もしているのに。(そしてずっと後年になってからエリオットのシェリー評価は劇的に変わった。(<参照>星野 徹「エリオットのシェリー評価」http://www.bunkyo.ac.jp/faculty/lib/klib/shelley/ls05/ls05.htm )

こう見てくると唯野先生のようにエリオットに権威主義を感じるのは、あまりにエリオットをまじめにとらえすぎているからではないだろうかと思えてくる。エリオットやかれの考えをあまりにおもおもしく受け止めるために、かれを批判しているつもりの本人が、じつは最も「二十世紀の巨人」というようなエリオットの幻影にしばられているのではないか。

ぼくじしんは二十世紀最大の詩の手品師としてかれの手業を楽しむようなところからエリオットの再評価------それは二十世紀の詩の歴史を再評価することにもつながる------をしてゆけたら、と思う。