【わが短歌・俳句入門】<俵万智>

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俵万智さんの『短歌をよむ』(岩波新書) で万智さんは自作の俳句を短歌に作り替えている。

使用済みテレホンカードの穴冴える
使用済みテレホンカードの穴冴えて思い出せない会話いくつか



というのがそれで、「七七があるぶん、短歌のほうには物語を付け加えることができた」と万智さんは喜んでいるがどんなものだろうか?

句の方をみると……度数のないカードを捨てようとして、ふと穴に目が止まる、いったい誰とどんな話をしたのか。あわただしく過ぎ去っていく日常に自分は巻き込まれてしまっているが、もっと大切な話をしなければいけなかったのではないかetc.……といったところでしょうか。穴冴える、という表現からは他にもさまざまな思いを読みとることができるだろう。出来不出来はともかく、句として一応は完結している。だから短歌の方の下七七はいわずもがなのことであり、はっきりいって蛇足だと思う。「穴冴える」という「発見」をわざわざ説明することで台無しにしてしまった。このへんが「俵万智は通俗」と言われてしまう所以でしょうか。

まあ僕個人としては通俗が必ずしも悪とは限らないと思っているし、俵さんの歌というのは(へんな言い方だが)「趣味のいい通俗さ」があって結構好きなのですが。

歌人の前登志夫さんは新聞のコラム(読売・1998/4/8夕刊「潮音、風声」)で『サラダ記念日』 などは「青春漫画の短歌版」とでもいうべきもので「現代の詩(文学)としてはあまりにも、あどけない」もので一過性の流行にすぎない、と言っていました。また同じく歌人の岡井隆さんは『短歌朝日』の5・6月号(1998)の特集「現代短歌症候群----若手歌人を総批判」(しっかし、スゴイ題名だ〜)というので俵さんの歌をとりあげて「いやになるほど通俗」「言い古された比喩」「紋切り型の表現」と言い、あげくに「俵さんは、今の人気を保つためには(今の生計を保つためには)この線をはずすわけにはいかない」というなんともうがった見方をしています。

ではそういう前、岡井両先生方の歌はどんなもんか。『現代の短歌』(講談社学術文庫) という(作者自選の)アンソロジーから両先生と俵さんの歌をそれぞれの最後に置かれているのを引用すると

けだもののかよへる道のやさしさを故郷として人をおもへり   登志夫
今ならばさうも言へるが日没が言葉をころすときの重たさ    隆
「もし」という言葉のうつろ人生はあなたに一度わたしに一度  万智



というわけで両先生の歌も通俗です。
もってまわっていないぶんだけ万智さんの歌の方が好ましいのではないですか。
こうみてみると、これはあくまでもシロートの考えかもしれないけれど、短歌というのはどっちみち通俗な文学なのではないだろうか、とさえ思ってしまいます。

俵万智は通俗」といわれます。そして実際に通俗なのだ、とぼくも思います。しかし「通俗」は悪でしょうか?本来なら数十、数百という単位で自費出版されるはずだった詩(歌)集がその数万倍の人たちの手に渡ったという事実は重いです。いったいなにがそんなに多くの人たちを魅了したのか。もっと真摯に考えるべきではないか。「あれは大衆に媚びたから」の一言ではあまりに粗雑ではないでしょうか。

ぼくは『サラダ記念日』をつい一ヶ月ほど前にはじめて読みました。そしてもっとはやく読んでおけばよかった、と悔やみました。あの本がベストセラーになった当時は、短歌俳句は詩にあらず、という考えの超偏見野郎でしたから「短歌がベストセラーなんてなんかの陰謀とちがうか」ぐらいに思っていたのです。また自分と同世代の女の子が短歌などという古ぼけた趣味にいれあげているというのが理解できませんでした。
しかし、当時、印象にのこっているのは新聞雑誌などで詩人や作家が『サラダ記念日』に好意的な書評を書いていたことです。けっして一般大衆だけが俵さんを支持したわけではなかったのです。

ぼくは短歌という形式そのものに、ある程度「通俗」を容認するものを感じます。伝統詩形とは「通俗」そのものではありませんか。
おそらく「通俗」という部分もふくめて俵さんのコトバは短歌という形式にみごとに「はまった」のだと思います。そしてそれはスゴイことではないでしょうか。

この曲と決めて海岸沿いの道とばす君なり「ホテルカリフォルニア」



『サラダ記念日』の冒頭の歌です。俵さんとほぼ同世代のぼくにはこれはほとんど自分の歌のようにさえ思えます。あわただしく過ぎ去っていく日常を短歌という古びたと思われていた「形式」を自在に操って俵さんはみごとに永遠のものとして定着させているのです。

俵さんの歌は「短歌(という形式)と同じくらいに通俗」である、それでいいのではないでしょうか。



    (初出:1998.7 @ニフティ現代詩フォーラム>)

Tag: 短歌 俳句 俵万智