【わが短歌・俳句入門】<女性歌人と海>

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Essays

俳句・短歌入門を思い立ってから半年あまりたちました。
最初のうちは両方並行してやっていくつもりだったのが、いつのまにか俳句ばかりに目がいくようになってしまいました。なぜかはわかりませんが俳句の方がおもしろいのです。しかし、短歌を軽視しているわけではなく、気にはしているのです。まあ、いまのところ『現代の短歌』(講談社学術文庫)を拾い読みしているだけなのですが……。

最近その『現代の短歌』を読んでいて、はっ、とさせられたのが、


わが丈にあまる一枚ガラス窓磨けば冬の海鳴りはじむ
                         今野寿美(昭和27〜)



という歌でした。これを読んでぼくがすぐに連想したのは有名な、


白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう
                         斎藤史(明治42〜)



という歌でした。斎藤史が待っていたものは何だったのか?今野の歌は斎藤の提示した問いかけに対するひとつの回答のようにも思えます。
曇っていたガラス窓を拭くと外にひろがる冬の海が見えた。そのとき不意に海鳴りが響いてきた・・・・・・。まるで映画のワンシーンのようで、鮮やかです。


果物舗(や)の娘が
桃色の息をはきかけては
せつせと鏡をみがいてゐる

澄んだ鏡の中からは
秋がしづかに生まれてくる

        (竹中郁『晩夏』)



に通じるような夢と現実のひとつになったポエジーを感じます。
身の丈ほどもある一枚窓には彼女の全身が映っていたでしょう。そして、それは海の風景と重なり合っていたにちがいない。海鳴りは彼女の胎内の音でもあるのではないでしょうか。
斎藤が待っていたものはじつは自分自身の内にあるものではないのか、というのが今野寿美の回答です。海は母性の象徴でもあります。そこで『現代の短歌』から海を歌った作品を抜き書きして斎藤史への回答集としてみようと思います。

さて今野寿美は昭和二十年代の生まれです。まず斎藤の同世代である葛原妙子の回答から見てみます。


時計店にあまたの時計海に向きただにま青(さを)なる晴に刻めり
                         葛原妙子(M40〜S60)



時計店のショーウィンドウに海がひろがっている。ここでは海は時をはらんでいる永遠の象徴です。これも鮮やかな世界です。

一方、大正生まれの歌人はなんだかクライ海です。


風おちて鈍き海波ゆられつつ終末海を鳥がついばむ
                         安永蕗子(大正9〜)

渇きたる砂に半ばをうづもれて貝殻はみな海の傷持つ
                         大西民子(T13〜平成5)

冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか
                         中条ふみ子(T11〜S29)



と中条は詠んでいるが、あるいはその「無惨」を見たのでしょうか、


未婚の吾の夫のにあらずや海に向き白き墓碑ありて薄日あたれる
                         富小路禎子(T15〜)



と、生きているのにお墓に入ってしまった人もいます。「未婚の吾の夫」というのは、たぶん「じぶんの人生で出会えなかった何か」の比喩だろうから。

昭和二年生まれの尾崎左永子は、


硝子戸の中に対照の世界ありそこにも吾は憂鬱に佇つ



と歌った。その昭和生まれの歌人たち。


冬海の暗さ世界のつまらなさ灰色にしてなまこの眠り
                         馬場あき子(S3〜)

水桶にすべり落ちたる寒の烏賊(いか)いのちなきものはただに下降す
                         稲葉京子(S8〜)



馬場の歌はなんだかじぶんの内部の海にいやけがさしているような口ぶりです。
稲葉の歌はこれは堕胎のイメージである、と言えば深読みか?

昭和も少し下って二十年代生まれ(今野寿美と同世代)の歌人となると表面的には明るくなり、海との親密さも取りもどしているようにもみえるのですが・・・・・・、


語らずなほも語らずその人の寡黙の舳先にわれは夜の海
                         河野裕子(S21〜)

こみあげる悲しみあれば屋上に幾度も海を確かめに行く
                         道浦母都子(S22〜)

いのちよりいのち産み継ぎ海原に水惑星の搏動を聴く
                         栗本京子(S29〜)



しかし、このへんになると何か歌の中の海の存在感が大きく変わってきているように思うのです。なにか海が生命体というより、イメージとしての海という面が強調されてきているのではないか。そう考えてあらためて冒頭の今野寿美の歌をみると、鮮やかすぎて海の実在感というのは稀薄なようにも思えてきました。じっさい今野には、


だまし絵に騙されてゐるいつときが思ひのほかの今日のしあはせ



という歌があったりするのです。これがボクと同世代の昭和三十年代生まれになるとどうだろうか。


ふるさとは海峡のかなたさやさやと吾が思はねば消えてゆくべし
                          川野里子(S34〜)



「さやさやと」とはなんとも頼りないが、頼りないのはふるさとの存在感なのか、それともふるさととじぶんを隔てている海の存在感がたよりないために、その彼方のふるさとも強く実感することができなくなっているのか?なんだかアイマイになってきます。


潮風に君のにおいがふいに舞う 抱き寄せられて貝殻になる
                          俵万智(S37〜)

われらかつて魚なりし頃かたらひし藻の蔭に似るゆふぐれ来たる
                          水原紫苑(S34〜)



もう俵や水原になると海よりも貝殻や魚のほうにじぶんを同一化している。海に抱かれる側になっている。「愛する」よりも「愛されたい」というところでしょうか。そういえば、『愛される理由』というベストセラーがかつてありましたが、心理学者の秋山さと子は、あれが「愛する」理由ではなくて「愛される」理由であるところをモンダイにしなければならない、というようなことを言っていたと思います。そしてあの本を書いたひとも確かこの世代の女性ではなかったでしょうか。

最後に四十年代生まれのふたりの女性の歌。


八月の吾が入り江にぞ並みゐたるゆめみるひとのゆめの帆柱
                          紀野恵(S40〜)



ヨットがつながれているのだから、「吾」は海ではなくて陸側だろう。それにしても、


あけがたのわが寝台にちかづける帆船ありて人死に給ふ   葛原妙子



とではまるで裏返しの世界ではないですか。


あさやけて海へ運ばれゆくまでを疲れし女のごと眠る河
                          辰巳泰子(S41〜)



ここでは女は海ではなくて河です。はたしてこの女は海に注ぎ込んだ後、再生するのだろうか?それとも海は墓場と化してしまうのだろうか?
残念ながら『現代の短歌』はここで終わっているのでぼくにはわからないのですが。

新しい世代の女性歌人は、どんな海をうたっているのでしょうか?

              (初出:1999.2 @ニフティ現代詩フォーラム>)